9月28日 舞鶴松のお話

2008.09.30 Tue

9月28日 舞鶴松の3代目が植えられたという「山梨日々新聞」の記事を見て、

女将が喜びました。

 女将はこの松で、幼少の頃、近所の友達とよく遊んだそうです。

この松の有る、「万休院」は、女将の生家のお寺です。大武川を見下ろす山腹
 
に、女将の両親のお墓が有ります。 この場所は、松が枯れてしまっても、女

将にとって、大切な場所なのです。松が枯れて大変失望しておりましたので、

今回の「舞鶴松3代目」の記事が目に入った時、大変喜びました。

 本日、この「3代目松」を見に行きました。

伐採された場所は、みごとに庭園になっておりました。

昔の面影はありませんが、前と同じ場所に、「舞鶴松3代目」が植えられました

 この松は、群馬の「福島園芸」さんが探してくれたそうです。

樹齢100年、木の幹に傷がないこと、色んな条件を満たして、購入されました。

この庭園と松を寄贈した檀家の親戚の方がいらっしゃいます。

 約2000万のお金を寄付してくださいました。

この方も女将の親戚です。 子供の頃、いつも女将が連れて遊んでいたそうで

す。今はご自分で会社を経営され、一族がその会社に関わっているほど、大き

くなりました。

甲斐駒、鳳凰三山、の絵画を多くお持ちになっております。

 大久保作次郎先生の弟子で、島田利一画伯の絵を好んで求めております。

「舞鶴松復活」まだまだそこまでいきませんが、大きさも樹齢100年にしては

小さいのでは!!と思いますが、これが歳月の偉大なところなのでしょう。

大切に育て、多くの人達に「女将の思い出」と同じように、心の隅に残る「舞

鶴松」になってほしいと思います。

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

  1. 2008/09/30(火) 08:16:58|
  2. 舞鶴松|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

3月26日 舞鶴松が伐採されました。

2008.03.26 Wed


3月26日 武川村 万休院 舞鶴松この松が何で枯れてしまったのか、誰をせめても仕方がないでしょう。しかし、400年の歳月の中で生きてきた松ですから、その間、時代を幾つ生きてきたのでしょうか。 女将は、この松で幼少の頃、かくれんぼをしたそうです。この枝を伝って、隠れたりしたのでしょう。この姿になって、頷ける様相です。しかし、大きい松の木です。枝の彼処で、木の中心が寸胴になっている箇所がずいぶん見受けられます。松もずいぶん戦ったのでしょう。一生懸命いきるために
戦ったのでしょう。残念です。
3月26日 舞鶴松 武川村松を写真で見ますとまだ葉の色が、緑色に見えますが、実際は、茶色ががかっており、枯れております。
3月26日 朝8時から神事の後に作業が開始されましたが、地元の寺の檀家、町のお偉方、いろんな方が見守って、おりました。
この松の下に写真で見える、松の苗木みたいな松が、ありました。
きっと、「舞鶴松」の種から生えたのでしょう。
大事に、育ててほしいものです。


3月26日 舞鶴松 伐採この松を子供の頃から見て、遊んで過ごした方、すでに90歳近くなろうとされている方が、「何とか舞鶴松を残したい」と併走されました。東京から、山梨を、特急「あずさ、かいじ」に乗られ、駅の階段を登るのが、やっとのことですのに、山梨に来られ、松の対策を御考えになっておりました。 そして、試作品を作り、実験までされましたが、断念されました。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

  1. 2008/03/26(水) 21:53:47|
  2. 舞鶴松|
  3. トラックバック:1|
  4. コメント:0

2月17日 晴天 甲斐駒、鳳凰三山、富士山、八ヶ岳、眺望

2008.02.18 Mon

2月17日 日曜日の朝、天気もよかったです。
 舞鶴松のその後、どうなったのでしょうか、再生仕掛け人のお客様、偶に当館にお出でになります。女将の御友達ですから、かなり高齢ですが、東京から山梨まで、一人で電車に乗ってお出でになります。御住まいが、渋沢にありますので、しかも、土地(山、田圃、畑)の管理もなさっているそうですから
時々来て、見回りぐらいはしておられるのでしょう。
元気で、過ごしてほしいものです。
 

このところの寒さは、とても体にこたえますので、早く春になって少しでも暖かくなってくることを願っております。
 春の山々の写真を観ると、今観えている部分も、草木に覆われまったく観えないところがかなりあります。
 そう思うと、この寒い冬の間に写真を撮っておかなければなりません。
しかし、今日は小淵沢から八ヶ岳に行かなくてはなりません。小淵沢からの甲斐駒、この山容は、日野春から見た甲斐駒とは、違います。本体の横幅が広い感じがします。麻利支点のくびれが、やわらかい感じです。
 しかし、山の位置がよくわかります。鳳凰三山の位置が、こんなに前にあるのか、また、黒戸尾根が手前側に張り出しているのがよくわかります。
 だんだん日野春に近くなると、平面的になります。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

[2月17日 晴天 甲斐駒、鳳凰三山、富士山、八ヶ岳、眺望]の続きを読む
  1. 2008/02/18(月) 15:56:37|
  2. 舞鶴松|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

舞鶴松 再生 請負人

2008.02.01 Fri

1月31日 「舞鶴松」再生請負人、秘策をもって住職と交渉したようです。
 1月31日午前10時ごろ、宿にお戻りになりました。
秘策実行のようです。 うまくいくと、素晴らしい「舞鶴松」が再現いたします。 費用総額¥30,000,000だそうです。 再生人の気持ちが地域の人々、過去の人々に通ずる事を願っております。
 今日は、穏やかな、多少雲が甲斐駒、八ヶ岳の頭を覆っていましたが、おおむね良いお天気でした。 夕暮れもきれいでした。 不思議と、夕方になると山の雲が取れます。
 明日はいい天気です。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

  1. 2008/02/01(金) 11:16:39|
  2. 舞鶴松|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

1月30日 少し暖かく感じた朝

2008.01.31 Thu

1月30日 朝出勤の時、暖かく感じたのですが、霧が出てました。昨日の雨で、道路の日陰に残った雪の固まりが、全部なくなりました。しかし、少しは、凍っていますので、注意して走らなければなりません。
 日中雲が厚かったのですが、午後から陽も出てきました。やっと暖房が少しの間、切れます。
 武川町にある、「舞鶴松」が、枯れてしまって久しいのですが、この木を惜しんでいる地元出身の皆さんは非常に多いと思います。
 桜の季節には、神代桜->舞鶴松->真原の桜、ここだけで3箇所まわれ親しまれていました。 また、この松の下で、子供の頃よく遊んだ人もおります。
 地元の方の墓地も、この松を眺めることができる最良の場所にあります。
何とか、面影を残したいと思っている人たちも多いようです。
 いろんな工夫をしているようです。 今日御泊りのお客様は、そのために、思索を持ってお出でのようです。明日、万休院の住職とお会いして、その思索、と、試作品を取り付け、実験をするそうです。
 うまくいくといいですね。
明日は31日、もう1月も終わりです。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

  1. 2008/01/31(木) 08:50:41|
  2. 舞鶴松|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
Yahoo!ボットチェッカー Googleボットチェッカー MSNボットチェッカー

プロフィール

カレンダー

10 | 2018/11 | 12
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

Recent Entries

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

DTIブログポータルへ
このブログを通報
Report Abuse

利用規約